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「・・・とは思う」問題

 “日本語の乱れ”に口やかましい爺さんたちがいますね。「言葉戦隊ミダレンジャー」とでも呼ぶべき正義の味方。谷中庵主人も例外ではなかったが、最近は「乱れるのが言葉の宿命」と達観しているところがあるので、嫌な言葉を自分では使わないが他人が使う分にはいちいち目くじらを立てないことにしている。ところで・・・。

「尻上がりイントネーション」がありますね。たとえば、優勝圏内にいる力士がインタビューに答えて「やはり、ここまで全戦全勝の横綱には及びませんよ。さすがは横綱。実力でも精神面でも自分はまだまだ。でも頑張りたいと思います」と言えばいいところを「さすがは横綱? 実力でも? 精神面でも? 自分はまだまだ」と、いちいち尻上がりに言う。耳障り。

しかし2、3年前に比べて、このイントネーションは減ったと思いませんか? ひところは「この人までも!」と嘆かされることが多かったが、今では元に戻ってきたような気がする。インフルエンザと同じで流行は防げなくても、いずれは沈静化するものなのかもしれない。

目下、猛威を振るっているのが「・・・とは思う」だ。「頑張りたいと思います」ではなく「頑張りたいとは思います」。さっきの力士がインタビューに答える場合、これは適切だといえる。いくら頑張っても横綱が好調な限り、すでに2敗している自分が優勝できる可能性は極めて少ない。まあ、ダメモトで頑張ってはみますけど・・・というニュアンスが伝わるからだ。

ところが、最近はだれもかれもが、どんな状況下にあるかに関係なく「と思う」ではなく「とは思う」を使う。「は」が付くと何が違うかというと、その後に(でも・・・)という「そうは言い切れない何か」が漂うことだ。「戦争より平和がいいとは思う」だと。じゃ「平和がいい」の後に続く(でも・・・)の中身は何か。尋ねてみるとナ~ンもありゃせんのだ。

もったいぶりの「とは」、と名づけた。「と思う」と言い切らずに「とは思う」と言った方が、何か実際の自分以上に重みがあって奥深い人物に見てもらえそうだという魂胆が透けて見える。「ある意味では・・・」と同じ。浅ましい。しかし、これまた「この人までも!」と嘆かされることが多い。このインフルエンザには早く去ってほしい。とは思う(のだが・・・当分は蔓延するでしょうね)。