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違和感

私が物事の判断で一番重きを置いているのは、
"違和感"という感覚です。

何かの決定を下すときに、違和感を感じるかどうか。
自分の決定が周りに違和感を与えないかどうか。

決定が重大であればあるほど、この違和感が頼りになります。

ただ難しいのは、自分の感じた違和感を人に説明すること。

一人で何かをする分には、違和感でいいのですが、人を巻き込むには、
違和感を分かり易く説明することが必要になります。

口八丁手八丁で何とかなる場面も多いですが、
レベルの高い利害関係者が相手だと、
痛くもない腹を探られることが多く、
なかなか正しく伝わらないので苦労します。

義経壇ノ浦以後・・神に殺される過程に入ったらどうにもならない

  平家を滅ぼすまでは、だいたい何もかも、義経にとって、よい方に作用したものが、
 壇ノ浦で平家を滅ぼすや、急に何もかもうまくいかなくなった。

 神の力が、その双方に、強力に作用しているのを感じる。

 「人はそれぞれ、ある特定の役割を与えられて、この世に創られる。」

 義経には、格別そのことを感じますね。平家を倒す役割。
 子供の頃、山の中のお寺に預けられて、山中を飛び跳ねて、強靭な足腰と動物的機敏さを身につけ、16歳にまで成長したところで、不思議な機縁あって、奥州の武将のもとで、馬、弓矢の武術を習うことになった。
 
 「神は人を育てる」

 神が、義経を、平家を倒せるにたる武将に育てあげた。何もかもが、その方向に足並みを揃えている。正門坊や吉次との不思議な出会い、

 また、平家の支配の及ばぬ奥州の地に藤原氏というのが、配置されていたということ自体が不思議なもので、

 「この世の配置関係は、全て神が支配している。」

 もしも、藤原氏というのが存在しなくて、全国を平家が完全に支配していたら、義経はあのような武将になる道がなかったでしょう。
 奥州に藤原秀衡がいたということ自体が、神による配置だし、吉次との不思議な出会い、導きがあって、義経は秀衡と出合った。

 さらに、いくさが始まってからも、一般の人の考えのように、義経が優れていたから(それだけで)、あのように次々と勝利していったと考えるのは正しくない。

 確かに義経は、優れた武将だっただろうが、それプラス、
 個々の戦いで、
 義経軍が勝てるように、神が仕組んだ、
 ということが大きいのです。
 何もかもが、義経の思惑通りにいくように、神が仕組んだ。個々のいくさの諸条件が、ちょうど義経がこれまでに培った能力で、うまくいくように、神がちゃんと、しつらえてあったのです。
 ひよどり越えを下る作戦なんかも、ちょうど義経がうまくやれるように、神が仕組んだもの。
 壇ノ浦でも、禁じ手とされていた、船頭を弓矢で射る方法を、義経が思いついて勝利できたということも、神の創作。これが、もしも、何か事情が違っていたとしたら、義経もうまくいかなかったでしょう。
 
 このように、平家を倒させる所までは、神は、義経を育て、戦いに勝たせ、大いなる勝利の感激を与えてやるのですが、

 神は、そう義経ばっかりに、いい思いをさせるわけにはいかない。みんなを公平に扱わなければならない。

 神は義経に平家打倒の目的を果たさせるや、今度は、義経に苦痛を与えて、他の者との公平をはかる過程に入った。相次ぐ勝利の、大いなる感動や、その後の、都の人たちにモテモテの喜び、静御前を抱く快感などを、全部打ち消すにたる苦痛を与えないと、この世の全ての人(動物の含めて)の間に公平を図れませんから、
 それはそれはもう、義経の苦しみは大変大きなもの、長期にわたるものにならざるを得ません。

 いくさの最中に、義経梶原景時らに示した傲慢な態度、勝利に次ぐ勝利で、義経は傲慢になっていたのでしょう、頼朝を無視して、朝廷から高い位をもらったりした。また、頼朝の地位自体が、関東の豪族の支持の上に成り立っていて、
 あの例の、壇の浦のあと、義経江ノ島のそばの腰越まできて、頼朝に会ってもらえず、書いた手紙、「兄に対して、二心を抱いていない・・・」についても、本来、兄弟関係だけのことだったら、頼朝は、義経に会ったんじゃないかな。兄弟とはそういうものでしょう。景時などの他の豪族と詮議して決めなければならなかったから、会わない、となったのではないですか。

 仕方なく、京に戻ってからも、そういうことなら、戦おうとしたのですが、兵が集まらず、船で、あれ四国へ逃れようとしたの?何という不運、風で船が摂津へ押し戻されてしまった。

 奥州まで、どうにか逃れられたものの、これまた何という不運、頼りにしていた秀衡が死んでしまった。頼朝のいうことをきいた泰衡に攻められて、自刃。

 このように、これまで神にもらった快楽を苦で償って死んでいく過程に入ると、もう人間の力では、どうにもならない。

 短く駆け抜けた一生でしたね。
 16歳の時に奥州へ向かい、21歳で頼朝のもとへ、その後4~5年は、勝利が相次ぐ、いい時代だったのですが、そのあとの4年間が崩壊過程。崩壊過程といっても、その間に、気持ちの安らぐ時もあってのことですが、

 30か31歳で死んだ。

 人生は、いい時は短いですね。

 とくに、この義経のように、勝利の大いなる感動をもらう人の人生は、その代償としての苦悩が格別厳しくならざるを得ないようです。

http://profile.livedoor.com/garaantena/

新たな問題

今日、実家の方の役所から一通の封筒が届いた。
中を開けてみると、うちの親が生活保護を申請したという事で、扶養義務者の身辺調査?の様な書類と、扶養届出書が入っていた。
両親は姉夫婦の好意によって、つい最近まで二世帯住宅を建ててもらい、一室にお世話になっていた。
父は大昔から酒乱で家族全員に暴力を振るい苦しませ続けて来た。
仕事も50歳頃から辞め、毎日朝から酒を飲んでる暮らしをし始めた。

私は、父から逃げるために県外へ就学・就職を選んだ。
兄弟全員が同じ目的で、家を離れた。
手紙を受け取り、怒りのような気持ちが込み上げ、役所へ電話を入れた。
まずは、自らが自己破産の手続き中である事、暴力から逃げるために県外へ出た事、父は自分に取って加害者である事。
そういう順序で話をした。
経済的援助・精神的援助のどちらも、する意思は無いと伝えた。
役所の人は、送った書類にその旨書いてくれと言ったが、私はとても親の事を思い出す事体したくないので、書けそうも無いと伝え一方的に電話を切った。

いずれは書かなきゃならないだろうが、これを書くには時間が必要だと思う。
今は、自分の事で手一杯だから。

親知らず

真横に生えたというか埋まってる親知らずを抜いてきましたよ

一年前ぐらいからどうしよーって先生と相談してたものです。
抜くと言うより手術ですね。歯は埋まりつつ隣りの歯たちを押している状態だったので、メス入りーの歯を分割しーの
一時間半に及ぶ手術となりました

さすがに口開けてるのも疲れMAXで「今日はここまでにしませんか?」と弱音を吐く寸前でした。
先生、ほんとお疲れ様でした&ありがとう!!

二年ぐらい前に上の歯抜いた時はまっすぐではないものの、若干斜めに生えてるかんじだったので5分ぐらいで
‘ポーン’と抜けたのに~、下の歯、しかも真横向きで生えてるからもう大変でした

直太朗

今、お店で森山直太朗を聴いてます。

ただそれだけ

今日も雨だった。

てか今も雨ですね。

さぶくなってきて

今日は、コンビニへ

PS Plus会員の期限が切れるのでPSNカードを購入。

PS Plusの料金は3ヶ月で1300円なのでリーズナブルですよね。

年末はゲームをして過ごしたいと思います。

今、森山直太朗の何曲目だろう。

わからん。

けどいい曲あるね。

正直今まで聴かず嫌いだったけどね。

今回レンタルしたのもう一枚は、リップスライムです。

まさかぼくのコンポからリップスライムがって感じだけど

売れてる人達いまいち興味ないわ〜〜みたいなへそまがりな事やめようとおもってね。

2年とか3年前ならなぜか嫌ってたのにね。

最近は、色々素直に聴いています。

ま〜〜色々色々きいてみよう。

さ〜〜さぶいけど今から少しだかけてこよっと。

かえってきてから作業がんばるっす。

したい事だいぶんまとまってきたよっ

少しずつ形にしていこう

下流

「下流」とは、「下層」ではない。
食うや食わずの困窮生活者が下層。
下流は、基本的には「中の下」。
食うや食わずとは無縁。
中流に比べて何かが足りない状態。
その何かは「意欲」だという。
中流であることに対する意欲のない人。
そして中流から降りる人、あるいは落ちる人、それが下流という。
これは三浦展著「下流社会(光文社新書)」から部分抜粋をしたものである。

トイレで反省したこと

反省したのである、会社のトイレ(大)で。あの個室は、人間に思いがけない内省を促す空間ですね。

 何を反省したかというと、トイレットペーパーの使用量。会社と自宅とでは、1回に使う紙の量(長さ)が違うことに気づいてしまった。庵では、4個で99円の紙を必要最小限に使っているくせに、会社では使い放題。何メートルだろうが惜しげもなく(必要以上に?)使う。

 ああ、私はこれだけの人間だったのだ。こんな人間が悪びれずに生きていることにこそ、環境問題の本質はあるのだ。と深く反省したわけです。しかしスケールの小さい反省だな・・・と、手を洗いながら少し悲しくなった。